日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

5月4日(月) 慣れ始めている気がする

今日で、店を休業してから5週間が経った。まる1か月。

11時に店に来て、店を開けず、2階にいるスタッフのみんなに挨拶をして、席に座る。裏口を開けて換気扇を回し、いつのまにかLo-fiという名前になっていた音楽を流して、寂しくなってきたらradikoのタイムフリーを聴きながら、ひたすら黙々と、でも時に焦りすぎて息切れしてしまうので目の前のことだけ見るよう自分をなだめながら、事務作業と本の値付けと通信販売の出品をし続ける。週に何度かは、近所のお店にお昼を買いに行き、ダイアンのYouTubeを見ながら食べて、笑って、またマスクをして、仕事。5時に上がるアルバイトさんとちょっとお喋りして笑って見送って、また仕事に戻る。7時に正社員Iさんが降りてきたら、報告を聞いたり雑談したりして、見送る。7時半くらいには帰りたいけど、8時過ぎくらいになる。

そんな1か月が過ぎ、たしかに、この生活に慣れてきているのを感じる。

それはいいことなのか、悲しいことなのか、わからない。慣れてきたおかげで、心や体の負担は少し軽くなってきて、3月下旬の頃のパニックのような苦しさは起こらない。けれど、それでいいのだろうか、という気持ちが、この暮らしに馴染むことを許してくれない。このリズムと居心地に慣れてしまったら、店を再開できなくなってしまうぞ、と、自分の心が自分を脅す。慣れてしまいたい気持ちと、それが怖い気持ち。最近は、そのことに悩まされる。

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1 more bookの文庫に挟んできたスリップ型メモが残り1枚。49冊、贈ったのだなあ。皆様本当にありがとうございます。

5月3日(日) まちの仲間と話す

通販で売る本を店の本棚から黙々と抜いていると、なんとなく気配があって、振り返るとガラスの向こうにご近所の喫茶星時Gさんが手を振る姿が見えた。ドアの鍵を開け、下ろしているロールスクリーンをくぐって顔を出すと、ホームページ作成をお願いしているIさんも一緒だった。歩いていて、たまたま出会ったとのこと。とくにIさんは久しぶりで嬉しくなる。

少し話していると、店の角を、近くの「まちでつくるビル」に入居するデザイナーWさんが通りかかった。挨拶をしていると、斜め向かいの美容室ミトノヘアーさんから、お客様を見送るオーナーさんご一家が出てこられた。お見送りの後、こちらに合流され、なんとなくソーシャルディスタンスな感じで、また少しお話をした。

ほんとうにたわいのない会話。休業協力金や持続化給付金の申請のことや、最近の暮らしのこと、あったかくなりましたねえ、とか。けれど、その数分で、ふと我に返っていた。

そうだ、このまちには、顔見知りの(自営業の)仲間が暮らしていて、それぞれに頑張っているのだった。自分のサバイバルに必死すぎて、見えなくなっていたじゃないか。

人付き合いは得意な方ではないので、ゆるい繋がりしかなかった、まちの人たち。けれど、緩やかな関所封鎖状態にある今、顔見知りの人がまちに歩いている姿を見かけるだけで、すごく安心できる。向かいの布団屋さんとあられ屋さんと薬局さんが休業されず、店の灯りがこちらから見えることもすごく頼もしい。時折、お店の方同士が立ち話をしているのがガラス越しに見えて、そこに加わることはなくても、いい光景だなあと頰がゆるむ。

いろいろな偶然や縁で、この場所に店を構えて。そしてこの事態をここで迎えて。他の場所、別のタイミングではなく、今ここだったことで救われた面は、ほんとうに大きい。

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通勤の道中に見かける花が、目と心にものすごくしみる。自然いっぱいのところに行ける日が恋しい。

5月2日(土) 冷房に切り替える

無理を言いますが1枚だけ写真を撮らせてください、取材はしないですぐ帰りますので、と頼まれ、荒れた店内で撮影を受ける。「お店の外で撮らせていただくと、来てくださいって感じになっちゃいますもんね…」と、店内のパソコンでオンラインショップを見ている風の写真など撮られる。先日の記事を書かれた記者さんが、あと一つ記事を書いてくださるそう。いま宣伝になったとしても来ていただく店は開いていないし動けることもないけれど、お客様のどなたかでも、その記事を読んで、あ、徒然舎、元気にしてるんだな、と思ってもらえたらいいかな、という気持ち。

 

持続化給付金の申請をしながら不安になった点について、岐阜県の協力金相談窓口に電話をする。きっとすぐには繋がらないだろうし、と、のんびり構えていたら、1コールもせずに繋がった。どことなく頼りない感じもある担当者さんだったけれど、きちんと回答しようとしてくれている気持ちは伝わってくる。休日返上で、次々かかってくるシリアスな問い合わせに答え続ける仕事は、ストレスも大きいだろう。丁寧にお礼を述べてから電話を切る。

 

昼を過ぎたあたりから、ひとりで仕事しているだけの店内が、むわっと暑くなってきた。これまでのように裏口を開け、換気扇を回しているだけでは抜けきらない熱気が、全面ガラス越しに入ってきたまま籠もってきてしまっていた。例年なら、入口を大きく開けて営業し、風が抜けていく気持ちよさを味わえる季節。入口の鍵さえ開けられない今年は、暖房から冷房に切り替えて、大人しくエアコンをつけた。

 

作業しながら聴いた、先週土曜のオードリーANN。相方に「ありがとう」と言えるかという話や、結婚生活の話(結婚するまで、自分は映画タクシードライバーのようだったんだ、と言う若林)など、まるで時が逆転しているんじゃないかというくらい、渦中にあるナインティナインを思わずにはいられない話題が続く。切なくなる。

お笑いのコンビも、夫婦も、一対一。積み重ねていく長い時間のなかで、ちゃんと向き合って、耳を傾けて、関係を見つめ直す機会を逃さないようにするのは本当に大切なのだ。

 

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開業当初から、ロゴとして使わせてもらってきた牛と本の絵や店の外観の絵などを描いてくださり、旧店舗では個展も開いてくださったイラストレーター・袴田章子さんから贈られた、ビルごと大きな牛くんが守ってくれている絵。これなら、安心。

5月1日(金) 1か月半ぶりの越境

なんだかそわそわしていたのか、朝5時くらいから1時間おきに何度も目が覚めてしまった。今日は3月10日の市場を終えて以来初めて、岐阜県から出る。

 

高速を乗り継ぎ1時間ちょっとで知立市に着く。思っていた以上に車は多く、特に高速を下りてからの道は普段と変わらないくらい混んでいた気がする。美殿町の店の周辺は車も人もほんとうに減っているので、久しぶりにこんな車列に並んだ。岐阜も、郊外はこんな感じなのだろう。

昼過ぎに正文館書店に着き、搬入と設営を始める。昼下がりから段々とお客様が増え、ときにレジに長い列ができそうになっている。小学生くらいの女の子から「映画「糸」の原作本ありますか?」と尋ねられたりする。レジに大きなビニールが下げられていたり、みんなマスクをしていること、離れて並んでいたりすること以外は、汗ばみつつせっせと設営している自分も含め、いつもの正文館書店さんのようだった。それが不思議だった。

設営の合間に少しだけ、店内を見て回る。書店に足を運んだのも3月以来だ。知らない本がたくさん出ている。気になるフェアが開催されている。かわいいマスキングテープがある。ドラえもん50周年のポーチほしいな。ほんの十数分、店内を歩いただけで、みるみる楽しくなってくるのを感じた。購買欲を思い出した。本屋っていいなあ、と思った。

 

夕方遅くに店に戻ってから、どうしても気になっていたので、持続化給付金の申請に手をつける。昨日、協力金の申請ができたのだし、忘れないうちにこの流れで!と思って始めたものの、いろいろと勝手が違う。全体的にこちらは親切かつ細かい指示があるため、昨日使ったデータが使えない。結局またほとんどのデータを作り直し、閉店時間ギリギリに申請完了。ほっとした一方、昨日の申請で送ったデータについて不安になり、明日電話してみることにする。きっと繋がらないだろうし、疲れてしまいそう。

 

久しぶりの遠出で景色を見たら、店が休業していたり、まちに人がいなかったり、そんなことにショックを受けたりするかな、と身構えていたけれど、往復の道中で心に残ったのは、緑がきれいだな、ということだった。

人間たちの騒動などどこ吹く風、時がきたから新緑は芽吹く。大好きな季節はちゃんと来ていたのだ。黙々と歩く家と店との往復では気づけなかったそのことを、目で見て確かめられたことが嬉しかった。ただ同時に、今年はこの季節を満喫できないのだな、と、寂しくなった。

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4月30日(木) 協力金を申請する

定休日明け、2日間で溜まった事務や発送が積み上がりつつも、月末なのでお金のことを済ませにまわる。ATMを操作しながら、重くて早かった4月を思う。

 

胃腸の加減がまた微妙なので、昼ごはんはコンビニで軽いものでも買おうかと信号待ちをしていると、交差点の向こうから声が響いてくる。どうやらお弁当を売っているらしい。見ると、前を通る人に声をかけたりしている。その懸命さに打たれて、お弁当を買うことにする。

だし巻き玉子が出来上がるのを待っているあいだ、お店の方がメニューを熱心に説明してくださる。ランチは無休でやってます!ここにない週替わりメニューもインスタやGoogleマイビジネスで紹介してます!11時からの販売なんですけど、最近、時間より前に来ちゃう方もいるんですよー!

人気のある居酒屋なので、通常営業と比べれば、ランチの弁当での儲けなど小さなものだろう。けれど全力で、笑顔で、弁当を売る姿はいきいきとしていて、楽しそうですらあった。そんな空気が、販売時間前にもお客さんを呼んでいるのだろう。苦しいのは当たり前。それでも明るく、前を向くのは大切だな、と改めて思う。アオサ入りのだし巻き玉子は大きくて美味しかった。

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酒場亀甲というお店のお弁当。種類豊富でした

 

今日からオンライン申請が始まった、休業要請に伴う協力金の申請をどうしても今日中に終わらせたくて悪戦苦闘する。必要書類の内容が今ひとつわからないのを税理士さんに確認しながら、スキャンしたりデータ変換したりして一つずつ準備する。4メガ以下、とかいう規定に気づいてスキャンし直したり、写真をトリミングしたりする。ようやく準備を終えて申請ページへ行くと、あまりたくさん添付ができないことがわかり、がんばって作ったデータが不要だったりする。夕方遅くに、なんとか完了。ミスがあれば連絡が来るらしい。あとはもう、待つだけ。いつ手元に届くのかわからないお金ではあるけれど、少し、心が落ち着いた。

ただ、この申請、わたしですらこんな有様なのだから、ふだん全くパソコンや経理に馴染んでいない人にはとんでもなく大変だろう…と思って気が重い。何か助けられたら、と思うけれど、まず自分ですら一発で申請が通るかわからない。多くの個人事業主さんが毎日の売上作りに追われる中で、この申請にどれだけ時間と気持ちを割けるだろうか。

 

閉店時間まで、明日搬入する正文館書店知立八ツ田店さんでの古書フェア用の荷造り。本がぜんぜん足りない気がする。ただ、とにかく準備期間が4、5日しかなかったので、仕方ない。ひとまず現時点での全力を尽くすしかない。

スタッフさんが帰りがけ、「県外ナンバーだから不審がられるかもしれないので、『配達中』っていう張り紙持っていかれるといいんじゃないですか」と、本気とも冗談とも思えるアドバイスをくれる。Wordで「古書と古本 徒然舎 配達中です」と打ち、A4で印刷する。

4月28日(火) 発信を休む日にする

昼まで眠り、起きて買い置きのパンやウインナーを齧り、ソファに横になったら、また夕方まで寝てしまった。太閤堂はずっと、古書組合のことで電話したりメモをまとめたり店へ行ったり動いていて、その件についても気になっていたけれど、どうにも頭がまわらず気力もわかず、ぼうっとしていた。

そもそもSNSなどでぐいぐい発信するのはあまり得意な方ではない。お知らせをしたい、たくさんの人に見てほしい、という気持ちはある一方、納得のいく内容しか発信したくないという頑固さを捨てきれず、畢竟、言葉少なになってしまう。いろいろなSNSや動画に配信と、次々軽快に楽しそうにこなし、順調にバズったりしている人たちを見ると、すごいなあ、と思う。その流れに乗れている羨ましさを感じる。もちろん、皆さんそれぞれにかなり努力しているのだと思うので、自分はこの方向への努力が苦手なのだろう。運動神経や、理系文系みたいなものかな。ちがうかな。

とはいえそんなことは言っていられないので、今はこの鈍臭い身体に鞭打って、精いっぱい発信しようとしている。SNSの海は流れが速くて、流木なのかクラゲなのか、チクチク刺さるものも多く、ときに泳ぎ出してすぐに傷だらけになってしまう。それでも大声で叫んでみる。…それが、なんとも、疲れてしまうようだ。

今日は一日、インプットこそすれ、アウトプットは無しの日にしよう。問合せメールなどもいただいているけれど、気になっているけれど、どうも今日の脳ではきちんとした返信文が書けそうにない。申し訳ないけれど、お返事は明日にさせていただこう。

そう決めたら、すごく気持ちが楽になった。

夜までそうやって過ごしたら、明日は仕事できる、したいぞ、という気持ちが湧いてきたので、今こうして日記は書けている。

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キャンプの机でコンビニスイーツ。秋はキャンプに行けたらいいのにな。

4月27日(月)

こんなことは今まで一度もなかったのだけれど、昨日の閉店時刻あたりになって、はっ、と気づいた。25日を過ぎているのにスタッフさんたちのお給料を振り込んでいない。イレギュラーなかたちでの税理士さんの月末監査が終わってほっとしてしまい、振込手続きをすっかり忘れてしまっていた。ダメすぎる。今日はまずその手続きから始める。

忘れていてごめんなさい、と謝りつつ明細を渡すと、あれっ、もうそんな時期でしたか?!と、スタッフさんも驚いている。お互い、日付や曜日の感覚がなくなってしまっている。

1日1日を全力で過ごしているせいか、時の流れが速い。その1日ずつが、ずしんと重い。

 

店と事務所、休憩室兼会議室の分と、倉庫、駐車場の家賃を振り込む。

 

今朝、先日取材していただいた記事が掲載された。

https://www.gifu-np.co.jp/news/20200427/20200427-235768.html

主に営業を続ける新刊書店さんの苦悩に焦点が当てられていて、当店については末尾に少し触れていただいた。記事を読み、今の現場の苦悩としては絶対に、新刊書店さんの方が大きいと改めて思う。

夕方、「大学時代の同級生の方が注文してくださいましたよー」とスタッフさんに言われ渡された伝票を見ると、確かに、同じ専攻を卒業した同級生の名前だった。20年以上ぶりなんじゃないか。「記事を読み、古本屋さんとして奮闘されていると知りました。ささやかですが応援しています」と、数千円の本を注文してくれていた。いい本を、ありがとう。

じんわりと、学生時代のことを思い出す。彼は学生プロレスをやっていて、学祭のときに屋外試合を観にいったら、ターナー・ザ・インサートという人気レスラーも出ていて確かにかっこよかったな、とか、卒業式のときにバイト先から人力車を持ってきてくれて、みんなで袴姿で乗って写真撮らせてもらったな、とか。大学生ぽい記憶が蘇ってきて笑える。

岐阜の書店を取材した記事にもかかわらずYahoo!ニュースのトピックスにも入っていたり、コメントもたくさんついていたりして、SNSでも反響があるのを感じた。激しく批判的なコメントも見かけなかった。良い記事を書いてくださった記者さんをありがたく思う。

 

この休業の日々になってから、以前お世話になったけれど最近は連絡をとっていなかった方や、旧店舗時代のお客様、長い常連の方、いつか行きたいと思ってくださっていたというお客様まで、思いがけない再会や出会いが続いている。

徒然舎は、お客様にこちらから積極的に話しかける店ではないので、こんなことでもなければ聞くことはなかったであろう嬉しいことばを、たくさんいただいている。そんなに大切に思ってくださっていたなんて、と、身に余る言葉に恐縮することもある。感謝の気持ちを込めてお返事を書くものの、この胸いっぱいのありがたさを伝え切れなくて歯痒い。

金銭的には厳しいけれど、実は、心は、いつも以上に幸せな気持ちで満たされているような気さえする。こつこつと、自分なりに誠実に店を続けてきてよかった、と思う。きっと大丈夫だ、と思う。そして店を再開する日が来たら、恩返しの気持ちでもっともっと良い店にしていくんだ。

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月曜日だからか、車は多かった気がする。天気がいいせいか、自転車も。嬉しいけれど嬉しくないような複雑な気持ちはまだ生じる。