日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

10月14日(金)

昨夜は日記を書き終え、公開ボタンを押した記憶も曖昧なくらい直後に寝落ち。朝方に淡い夢を見て、いつもの時間に目覚めた。慌てて更新ツイートをする。お腹は空いておらず、でも弁当は作る気になったので、のり弁をつくりながら小盛りのお茶漬けをすする。

気づいたら明後日がサンビルだったので、慌てて「美殿町本通り」のチラシを持って出る。パンシノンさんで設置のお願いをしてパンを買い、ティダティダさんでお願いして蒸しぱんとアイスチャイを買う。ティダティダさんのお店に柳ヶ瀬でライブがあったミュージシャンが立ち寄られたそう。羨ましい!とお話ししつつ、そういえばそういう類のことって一度もないな、と思う。アイスチャイが濃くて美味しい。今日もまだ動くと汗ばむ。

作業部屋で今日も仕分けと値付け。自分がやるべきことはこれなので進めるしかないのだが、この先の作業が詰まり気味なので、少し気がひける。スタッフそれぞれに、通常業務に加えてイベント準備をやってくれているので、どうしても少しずつ渋滞してしまう。一生懸命やってくれているのに思うように進まないことをもどかしく思う気持ちが伝わってきて、なんとかしなければ、という焦りが、ずっとある。

と、そこへ、前スタッフさんから連絡。昨夜、最後の頼みの綱として助っ人をお願いしたのだ。思い起こせば去年もちょうど10月に助けてもらっていた。学ばない自分に呆れつつ、本当にありがたく思う。

帰りの会で、前スタッフさんが助けにきてくれるよ、と伝えると、ちょっと空気が変わった感じがした。ほんとうに陽気で優しくて良い方なので、来てくれるだけでもみんな嬉しい。なんとかあと1か月、なるべく楽しく乗り切りたい。

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終わってる、という言葉が嫌いでたまらない。Twitterを眺めていると、なんだかもうありとあらゆるものが「終わって」いる。それぞれに、問題提起、あるいは苛立ちやもどかしさの発露、なのだろうが、なかには他人事ではないものも多い。こういうことばの海にのまれてしまったら、自暴自棄になる、あるいは生きることを放棄してしまう人がいるのも仕方ないんじゃないか?と思ってしまう。そうなのか(それなら仕方ない)と受け止め続ける、あるいは、なにくそ!と奮起する、世の中そんな人ばかりではない。弱っているとき、自信がないとき、不安なとき、SNSは怖いなと思う。当事者であることから逃げるわけではない(逃げられない)けれど、少し距離をおく、というのは、ほんとうに必要だよなあと、疲れている日々にはいっそう強く思う。「私たちは、生きていさえすればいいのよ」