日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

1月2日(土) 中東でもアグレッシブに生きられるか

いきなり連れてこられたのは乾いた中東の都市で、言葉もわからず、とにかくきな臭いこの街でこれから生きていくには、いったいどうすればいいというのか。

立ち尽くして辺りを見回すばかりで、一歩をなかなか踏み出せない。

今朝はこんな夢で目覚めたので、これが初夢なのだとしたら、何を暗示されているというのだろう。

なんとかもうちょっと明るく楽しい未来を感じる夢を見られないものか、と、何度寝かを繰り返すも、眠りが浅いせいか、いっそう現実味のあるしんどい夢ばかりみてしまい、諦めて昼頃に起き出す。

 

余っていた千切りキャベツを使い切ろうと、小さな食パンでホットサンドを作ろうとしていると太閤堂が起き出してきたので、ふたり分つくって食べる。とろけるチーズとハムと千切りキャベツ、マヨネーズと少しのクレイジーソルト。ああ、今年はキャンプに行きたいなあと思う。

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ホットサンドメーカーで焼く餅は、トースターとは味わいが変わって美味いのを知る

 

年末は、心の余裕が一欠片もない日々の中で荒れ果てていた部屋の片付けをしながら、芸人ラジオを消化していった。

去年リアルタイムで聞ききったのは、結局、ダイアンよなよな、サンドリ、そして爆笑問題カーボーイだけだった。春頃からハライチのターンも聞くようになり、だんだんおぎやはぎのメガネびいきもしっくりくるようになった。

いろいろな変化があったオードリーとナイナイは、あんなに好きだったのに、なんだか心がついていけなくなってしまった。なにせ自分が激動の苦しい渦に巻き込まれていたので、マンネリでもいいからトーンが一定の笑い、あまり人生に向き合わなくてすむ時間を欲していることには気づいていた。

年が変わったら、昨年の分の番組をRadikoタイムフリーで聞く気持ちもなくなってしまい、今日はYouTubeで有吉の壁チャンネルを見たり、掛川花鳥園ハシビロコウ・ふたばを眺めたり、大晦日に観始めた鬼滅の刃の第4話を観たりしていた。

鬼滅の刃は時々怖くて、たしかに「16+」だなあと思う。鬼の描写も、戦い方も、無残に鬼に食われた死体も、毎回衝撃が強い。自分が小学生の頃だったら観られなかったと思う。かわいいキャラクターになる次回予告でようやくほっとできる。それでも毎回ずーんとしてしまうので、一日一話以上は観られない。

 

夕方に、来ないのか?と親からのメールがあり、夕飯だけ一緒に食べる。いつもなら弟一家が遊びに来て、甥っ子姪っ子と会えるはずの両親は、寂しいだろうと思う。寂しい思いをしている人たちが、日本中に、世界中にいる、2021年の始まり。

 

明日の仕事始めに向けて、去年つくれなかったPOPを、WORDでサッと作る。大したものじゃないけれど、無いよりはいいはずだ。

 

誰もが受け身で過ごさざるを得なかった2020年を終え、「2021年は攻める」という言葉を口にしている人に、あちこちで出会った。
そうやって気持ちを奮い立たせないと、いつの間にか下を向くしかなくなってしまうような現実が、どんどん襲いかかってきますよね。
自分を鼓舞し続ける。それしか、前を向いて進む道はない今。

 

明日から徒然舎の2021年がはじまる。
10周年を迎える年、今年はアグレッシブにいく。

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