日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

10月3日(土) ここに本があるから

忙しいとき、あっという間に時間が経ったように思うことが多いけれど、今日はそれではなく、全然時が流れていかない一日だった。治りかけで治りきらない腰痛のせいか、新入荷ワゴンの本を棚にさしながら店を手入れするのも、100均まつり用に文庫をひたすら仕分けするのも、店頭買取の査定も、いちいち少ししんどい。昨日、理学療法士のGさんが来店したとき教えてもらった体操を間に挟みながら働く。

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この地に移転オープンして6年。少しずつお客様が増え、少しずつ棚の本が増え、少しずつ自分は老いた。増える一方の「やりたいこと」と、やる気と裏腹に限りのある体力とに向き合うたび、スタッフあっての徒然舎だなとつくづく思う。一緒に働いてくれるスタッフさんたちと共に作ってきたのがこの店の現在で、もう絶対に、自分ひとり、わたしと太閤堂ふたりでは、この店を動かしていくことはできない。「女子ひとり、夫婦ふたりの、ゆったりのんびりした古本屋暮らし」というイメージのところからは、気づけばずいぶん遠ざかってしまったけれど、後悔などないし、9年前に戻りたいと思うことはない。

どうしてこの地点に立っているのだろう、と、ふと考えることがしばしばあって、あれこれ考えてみるもののそのたび行き着くのは、「ここに本があるから」だよな、ということ。

本当にありがたいことに、うちを選んで本を売ってくださるお客様がいらっしゃる。数千冊、数万冊の本をまとめてお買取することもざらにあり、常に倉庫を整理していないとあっという間に溢れてしまう。それなのに、面白そうな本を市場で見掛ければ、仕入れずにはいられない。

つまりそうして、ここに本がある。次の読者に会うべきこの大量の本を、少しでも早く、確かに、世に送り出したい。いろいろな愉しみに満ちた本の面白さを、より多くの方に届けたい。誰かに読まれた本と、その本を次に読みたい人との橋渡しをすることが何よりの喜びの古本屋としては、本がここに集まってくる限り、働かずにはいられない。

自分ひとり、夫婦ふたりでできる仕事には限りがあり、けれど目の前の魅力的な本は増えてゆく一方。だからこそ、共に本とお客様に向き合ってくれるスタッフと一緒に働く道を選んだ。古本屋として自分は何歳まで働けるのか、この先の人生について考え込みそうになることもあるけれど、増えていく本とスタッフの幸せについて考えるので毎日が精一杯で、悲観的になっている余裕がないのがありがたい。

明日も尽きることのない本の山を前に、腰を伸ばしつつ、スタッフみんなであれこれ話しながら、せっせと本を手入れしよう。

本に急かされて、明日もまた働く。

朝起きたらまた少し、腰が治っていますように。