日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

7月31日(金) おっちゃん

月末、さまざまな事務が大詰め。銀行も混んでいて、通帳の磁気を入れ直して欲しいだけなのに結構待つ。

梅雨が去っていく空の下、歩いて市役所や商工会議所を梯子する。慣れない場所へ行くのは緊張するけれど、このコロナ禍に向き合うことが仕事の方たちには、お客様やスタッフの前では話せない現実的なことを話すことができて、さらに他意なくただただ応援してくれることに、ほっとする。世の中にはこういう仕事をしている人たちがいるんだ、と、身に沁みてわかる。

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おっちゃんから留守電入ってたから折り返すわ、と太閤堂が電話をかけ始める。

「おっちゃん、仕事辞めるんだって」

おっちゃんは、前の店舗の頃からお願いしている古紙回収業者のおじさん。「岐阜 古紙回収」と検索して出てきた会社に電話をかけたら、おっちゃんがやってきた。たぶん、7年くらい前のこと。

7年のうちに、店が移り、太閤堂が加わり、買取が増えるにつれて古紙として回収してもらわなければならないものも増えていき、おっちゃんに会う回数も多くなっていった。おっちゃんの歯と髪は年々減り、「あー、えらい!えらいで、ゆっくりやるわー」と、岐阜弁まるだしの大声でブツブツ言いつつも、せっせと本をトラックに積んでいく。いい加減な手つきのように見えるけれど、走っている最中に崩れ落ちたりしないよう慎重に考えながら積み上げているのがだんだんわかってきた。押さえの板を組み、ターポリンで覆い、紐で縛っていく作業には、そこまで丁寧にやらなくても、と思うくらいじっくり時間をかける。

ゆっくりと積み込む間、おっちゃんは愚痴る。古紙の相場が安い、トラックを借りている会社にかなり取られてしまう、でもその会社の寮に住んでいるから辞められない、会社がこき使うから何人も身体を駄目にして辞めてった、俺ももうしんどいわ。

去年の12月に入った頃、いつものように来てもらおうと電話をするも、何度かけても繋がらなかった。普段なら「溜まったかー」と折り返してくるのに、何日も何週間もかかってこない。考えないようにしていたけれど、年が明けて、太閤堂が「おっちゃん、死んじゃったんかな」と呟いた。……それからしばらく経って、おっちゃんから電話が来た。「年末近くなって忙しくなってきた頃によお、事務所で血ぃ吐いて、さすがに会社が病院行かせてくれたんやけど、そのまま即入院になって。やっと昨日退院できたんだわ!」

家も年齢も本名も知らないわたしたちにできることは普通のことしかなくて、売り上げが足らなくて困っていると電話がきたら倉庫を片付けて少しでも渡したり、出張買取に行った先で値段のつかなかった本を処分したいというお客様を紹介したり、あとは缶コーヒーや、買取に混じっていたアダルトものを差し入れたりするくらいだった。

おっちゃんがわたしたちを「アニキ」「アネゴ」と呼ぶのが好きだった。人生で初めて「アネゴ」なんて呼ばれて嬉しかったよ。

「ダラダラやっとるとアネゴに怒られるでなあ!」と、おっちゃんは歯のない口でガハハと笑っていた。

おっちゃん、元気で、楽しく暮らしてね。また仕事始めたら、店の前を通りかかるとき、プッとクラクション鳴らしてよ。すぐ、わかるよ。