日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

8月1日(土) 岡田さんと、「ハロー!やながせ」の頃

梅雨が明ければ猛暑が来る。暑さのせいか、第二波緊急事態宣言のせいか、それとも気のせいか。久々にカラッと晴れた週末のまちはなんだか静かだった。夕方近くまでぱらりぱらりとしかご来店はなく、スタッフそれぞれに作業が進む。

毎年、夏の初めと冬の初めはご来店が減る。2、3週間して、身体が季節に馴染んできて、もう暑くなってしまったんだ、これからどんどん寒くなるんだ、と、頭も納得できてくる頃になると、特に暑い日も寒い日も変わらずにお越しいただけるようになる。いつもの夏とは違う夏だけれど、今年もそうであってほしい。

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夕方、移転オープンされたツバメヤさんへ向かう。なにかお祝いを、とずっと考えていて、身の程に合ったあまり目立たないもので、でも岡田さんには喜んでもらえるものを…と、「燕石」という日本酒を取り寄せた。下戸のわたしが選ぶので自信はないけれど、「燕」の入ったお酒で、美味しそうなものを。

お店の周りには幾重にも胡蝶蘭や大きなフラワーアレンジメントが取り囲んでいて、近づくにつれマスク越しでも花のよい香りがわかった。忙しそうに立ち働くスタッフさんに知った方はおらず、どら焼きを10個買い、お祝いを渡した。そのあと、別の窓口からもなかアイスも買う。いつまでもパリパリの最中と、さっぱりしたアイスクリンが涼やかで美味しい。店から歩いて5分もかからない距離だから、きっとこの夏は何度も買いに来るだろうな。

 

お祝いのメッセージカードを書こうとすると、いろいろなことが思い出された。

岡田さんとの出会いは、2012年の秋頃にいただいた一本の電話だった。「今度、若い商店主が中心になって、柳ケ瀬で新しいイベントをしたいと思っているんです。そこで、本をテーマにしたらどうだろう、という意見が出まして、本といえば徒然舎さんだと思って、突然なんですがお声掛けさせていただきました」

脱サラをしてオンライン古本屋となり、一箱古本市の出店や企画をするなかで実店舗を構えたいと思うようになり、たまたま見つけたまちなかを少し外れた小さな事務所で店を開けたわたしには、同じまちで商売をする知人など皆無だった。まちにプツリと開けた針穴のような場所で、こわごわと、本を並べ店を開けていた。それが、あの電話をいただいた日を境に、大きく変わっていくことになる。

2013年、2014年と、「ハロー!やながせ」というイベントを春の柳ヶ瀬商店街で開催し、わたしは古本市を担当した。その実行委員メンバーだったのが、今や大きな会社になられたミユキデザインのおふたりやリトルクリエイティブセンターの3人をはじめ、柳ヶ瀬付近で活動されている店主さんやライターさん、カメラマンさんたちだった。そして実行委員長が、岡田さん。

とくに初めての年は慣れないことばかりで苦労も多く、仕事を終えては現ミツバチ食堂2階に集まり、夜な夜ななんだかんだと打ち合わせることになった。人見知りで人づきあいの苦手な自分でも、さすがに仲良くなってしまうような密度の時間が過ぎていった。

開催が迫り、メンバーに心細さや不安が立ち上ってくると、すかさず岡田さんは声を上げた。「商店街の皆さんには、わたしがお願いにまわります」「なにかクレームがきたら、全部わたしが対処しますから安心してください」「大丈夫。わたしは晴れ女だから、当日は、絶対晴れますよ!」きっぱり言い切るその口調はいつも頼もしく、それを聞くとまた安心して準備に戻ることができた。

イベントに合わせて完成を目指したリトルプレス『柳ケ瀬BOOK』の制作が大詰めになり、やながせ倉庫の中にあったリトルクリエイティブセンターの仮事務所でデザイナー、ライター、カメラマンさんと校正をしていた、或る夜遅く。高まる緊張ムードのなか、ふらっと現れた岡田さんは言った。「ハロやなの成功を祈って、気合入れて角刈りにしてきました。」あの瞬間を思い出すたび頬がゆるむ。ほんとに角刈りだった。すごく似合っていた。

古本市は多くの人で賑わい、「ハロー!やながせ」も成功に終わった。それぞれの本業が忙しくなる中「ハロやな」は「サンデービルヂングマーケット」へ繋げられ、現在に至っている。実行委員だった方々とは、今も一緒に仕事をしたり、街角で出会ったら立ち話をしたり、あの経験を共有できたからこその関係になれた。

岡田さんは柳ヶ瀬の要職にも就かれ、とにかくお忙しそうな様子をSNSで拝見するばかりで、お会いする機会はすっかり無くなってしまった。けれど、少しずつ増えてきた徒然舎のスタッフたちと一緒に働くとき、ユーモアと責任感を持とう、と、いつも思えているのは、あの日々の岡田さんの姿を見ていたからなのかも、と思う。わたしは角刈りにする勇気はないけれど…!