日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

2月20日(木) 鯨書房さん

年明けに、大先輩の古本屋さんが亡くなり、一緒にイベントもした若い古本屋さんがいつのまにか組合を辞めていたと聞き、前の店舗の頃から手伝ってくれてきたスタッフさんがいったん店を離れることが決まり、長年来てもらっている古紙回収のおっちゃんとの音信も途絶えてしまい、年初からとにかく寂しい話が続いた。(2ヶ月入院していたというおっちゃんには今日連絡がついて心からホッとした。)

なんとなく元気が出ない日々を過ごしていた先月半ば。その報せはほんとうに突然のことだった。

 

鯨書房の2代目であるYくんの急逝。

何人かの古本屋さんの口を経てそれを聞いたとき、何も言葉が出てこず、ただ、信じられなかった。その事実に向き合ってしまうのが怖くて、頭が自然に反応して、なるべくそのことを考えずに過ごそうとしていた。そうしようとすればするほど、もちろん、頭のどこかにそのことがあった。

2代目店主のYくんも、そして先代の鯨さんも、組合で同じ会だったこともあって、我々の所属する会で閉店のお手伝いをすることになり、下見と打ち合わせに伺うことになった。つらくなるのはわかっていたけれど、行くべきだと思い、わたしも同席した。

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わたしがこのお店を訪れたのは、いつ以来だろう。

店の前に立ち、引き戸を開け、一歩踏み入れながら、それを考えざるを得ず、そうなるともう、堪えることができなかった。

わたしが鯨書房さんを訪れたのは、古書組合に入らないと古本屋を続けることはできないと、切羽詰まった2010年の今頃だった。岐阜古書組合の理事長だった先代の鯨書房さんに、組合加入について伺うために、電話でアポイントをとってから訪れた。引き戸をこわごわ開けると、店内には招かれざる先客がいて、帳場に座る先代を前に、スマホでポイントカードを云々と営業を始めようとしていた。と、すぐに大声で「はいはい!帰った帰った!うちはそんなものはやりません!迷惑です!」と、ハエを払うように大きく手を振り、まさにけんもほろろに追い返されていた。そそくさと帰る営業マンの向こうに見えた白髪坊主頭に濃いサングラス姿の先代は、とにかく怖く見え、初めまして、の声がかすれてしまった。と、わたしを見つけた鯨さんは、おお、と相好を崩し、すぐに自分の前に丸椅子を置き、すすめてくれた。そして、なんともならないネット古書店だったわたしに対し「これからは店売りがすべてではないからね、若い人の感性から学ぶことも多いからね、もちろん古書組合には歓迎しますよ!組合に入ったらとにかく市場に通って本を見ることだね、そして札をいれる。失敗してもいい。失敗して覚えていくものだからね。とにかく市場に通えば勉強できるから!」入札用紙や封筒まで出してきてくれて、熱く、優しく、導いてくれた日のことを、今でも鮮明に思い出すことができる。わたしが古本屋として今があるのは、あの日の、そしてその後も折に触れてさりげなくアドバイスしてくださった鯨さんがあってのことだと、よく思う。

あの、鯨書房だな、と、思いながら、棚を見る。ぐるりと眺める。本を見る。あと少しで、この風景は無くなってしまうのだな、と、思う。

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2代目のYくんは、先代が事故で急逝された後、距離が縮まった。先代と仲の良かった先輩方が心配して、我々と同じ会に引き入れたこともあり、毎月同じ事務所で市場の運営もするようになった。

急に先代を亡くし突然店を継ぐことになった、という点で、夫の太閤堂とは共通点があり、相談されることもあったようだ。時々はYくんから声を掛けられ、岐阜での買取に一緒に行くこともあった。

そして、2016年の冬、前年に名古屋で開催した自主イベント「Chimney」の第2回を、徒然舎の店内で開催することになった際も、ゲストとして鯨書房さんを招いた。とっておきの本を持ってきてくださいね、と誘い、写真集や郷土史などが並べられた。入札用紙に手書きした値札だったのが、鯨書房さんらしくていいなあ、と、思った。最終日には、みんなで店内でサブウェイのサンドイッチを食べた。いつも恐縮気味のYくんだったけれど、イベント期間を通じて少しずつ打ち解けあえたこともあり、みんなで撮った記念写真では、なかなかのいい笑顔をしてくれた。みんなそれぞれ忙しくなってしまい、第3回を開けずにきたChimney。いつかまた、と話していたのに、このメンバーはもう揃わなくなってしまった。

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古本屋の本棚にある本は、必ず、多かれ少なかれ店主の手が入っている。状態を確認し、値段をつけないと、棚に並べられないからだ。

先代が築き、2代目が一生懸命に維持してきた鯨書房の幕が、あと1週間で下りる。

2/27(木)が、最後の片付けとなります。鯨書房さんに、なにかしらの思い出がある方は、ぜひ最後に、足を運んでください。

 

 

やっと、このことを話せたので、少し気持ちが楽になりました。ただの思い出話ばかり書いてしまったけれど、こんな思い出話は、この機会にしか書けなかったのです。

誰かが亡くなるのは本当に悲しい。

でも、嘆き、悲しみ、時に思い出してまた涙がこみ上げてきて苦しかったりするのは、生きている者のしごと。

Yくん、安らかに眠ってください。そして鯨書房さん、本当にありがとうございました。