日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

10月12日(水)

久しぶりに昼過ぎまで寝て起きた。それこそ20代までは休日に13時間寝る、なんてこともしょっちゅうあったが、だんだんそうもいかなくなるものだ。寝るにも体力が必要、というけれど、やらなきゃいけないことや考えなきゃいけないこと(それも楽しいことではないこと)が増えていくせいでもあるよな、なんてことも思う。

明太子バゲットとシナモンシュガーバゲットと、休日なのだしと思いクノールの大袋コーンスープを鍋で作って食べる。クノールの安い粉末スープは、子どもの頃の思い出の味。大人になり、ひと鍋全部食べてもいいのが嬉しくて、ときどき作ってしまう。

ちょっと迷ったけれど15時頃に店へ行く。思い切って、新刊書コーナーのリニューアルに手をつける。スタッフレコメンドも手元に揃い、あとは並べるだけになっていたのだが、開店前の時間だけでは無理そうで、なかなか手がつけられなかった。とにかく、店の売上アップがわたしの役目なので、やるべきことをやらなければ。2時間半ほどかけて、なんとか明日を迎えられるかたちにはなった。

思い切ってアイテム数をぐっと減らし、売りたい本、売れる本をもっと手に取っていただけるようにしようと思っている。うちはあくまでも古本屋であり、うちにとっての新刊書の立ち位置とは?と考えた結果、もっと気楽に、いいなと思う本を取り揃えていけばいいのでは、と思ったのだ。結果がどう出るのかはわからないけれど、面白い本が並んだなあと楽しくなった。

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Yahoo!ニュースで、26歳での早発閉経を公表した34歳の気象予報士さんの記事を読む。いろいろなことを思う。

「我が子を産み育てることはできなくても、『社会全体で子どもを育てる』という広い意味では、私も子どもを育てることに関わることはできるはず。」

この心境にたどりつくまで、どれくらい傷つき、悩み苦しんだのだろう。はっきりと医学的に診断が下されたことで、気持ちを切り替えるきっかけを得られたのかもしれない。

会社での居場所の無さを感じ始めた頃、子に恵まれない女としての自分の価値のなさという苦しみの膨張が重なり、30代後半は本当にもう悲惨な気持ちで自暴自棄に過ごしていたな。話題が合わなくなった高校大学の友人たちとも、どんどん縁が切れていってしまった(高校時代の友達の夢を見たな、そういえば今朝)。

そんななかで出合った「古本屋」という仕事のおかげで、一生の生業と、世の中に必要とされて働けることの幸せと、次の世代に少しは貢献できているという気持ちとで満たされて、今がある。ほんとうに、自分は古本屋になれたから、笑って生きていられるんだよなあと思う。古本屋は、そういう人間にも優しい世界でよかった。自分にそういう気持ちがあるから、古本屋講座なんて開いてしまったのだよな。