日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

10月15日(木) いまと別の人生 / 光浦さんの言葉

久しぶりの日記。

難しいこと、悩ましいことが起きてくると、途端に日記が書けなくなる。もちろん胸のなかはパンパンで、言葉はむしろいつも以上に次々浮かんでくるのだけれど、そういうときこそ「書かないほうがいい」と思う。ひとりぼっちで独りよがりだったあの頃とは違う。書けないこと、書かないことをぐっと呑み込む。内側に向かいがちな暗い気持ちを食い止めて、なにかしら明るく外側へ向ける。経営者、というものになるためには、そういうことが必要なのかな、と、思わせられ続ける、コロナ禍。

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「もう本当に、自分の好きなことでやっていけるようにしようと思って、真剣に考えてるんですよ」悩んだり藻搔いたりしているのをずっと聞いてきた、介護の仕事を真面目に10年続けているミュージシャンの彼は言った。この秋、昇格した彼に「車、なに買うのぉ?」と職場の先輩が聞いてきたらしい。「そうか、みんな給料あがったらいい車を買うんか。そういうものなんか。と思って。」

 

旦那も子供も彼氏も無く、芸人としての仕事も減ってきて、「わかりやすく私を必要としてくれる人が側にいない」ことを自覚しているという49歳の光浦靖子さんの記事がトレンドになっていた。

光浦靖子「49歳になりまして」芸歴28年・もう一つの人生も回収したい 「文藝春秋」11月号「巻頭随筆」より - 光浦 靖子

なんでみんな続けられるんだろう。結婚もそう、出産もそう、ほとんどの同級生ができたのに、なんで私にはできないんだろう。

 いつも人の目を気にしています。みんなができることができなくて、できないことがバレるのが恥ずかしいから、「元々、人と同じは嫌いなの」風を装っていました。自由奔放に生きるなんて私から最も遠いことです。

自分の30代の頃を思い出す、苦しい言葉。わたしの場合は、たまたま古本屋という仕事に出会えたおかげで、人の目を気にしたり比べたり競ったりする人があまりいない不思議な古本屋の世界を知れたおかげで、この呪縛から逃れられたけれど、なんだかんだいって「いわゆる世の中の目」で見られ続ける芸能界は(特に女芸人という立場では)苦しいだろうな。

どんな挑戦も遅すぎることはない、ということはない、ということも十分わかっているからこそ「開き直り」と光浦さんは言うのだろう。もう、この人生では叶わないことはたくさんあるし、それを叶えている人を羨ましく思う気持ちも無くならない。けれど生きる希望はないわけじゃない。

「世界はここだけじゃない」を知ったら、どれだけ強くなれるんだろう。

自分が、いま、そこにいることを歓迎される世界、居心地よく生きられる世界、必要とされていることを感じられる世界は、どこかにあるはず。広く浅く全部に手を出そう、という光浦さんは、きっとその地を発見されるだろう。

 

去ってゆくスタッフを見送ったり、新しく迎えるスタッフを選考したりするなかで、それぞれの人生の一片に触れ、そのたびにいろいろなことを思わされる2020年。笑顔の素敵な著名人のまさかの自死を目にすることになった2020年。いろいろな人生について、ずっと思いを馳せさせられる2020年。