日日古本屋

岐阜の古書店・徒然舎店主の日乗です

10月6日(火) 1,377mへ

店は定休日だが、だからこその仕事をすることが多い火曜日。今日は、とある記念館へ納品へ。

そのご依頼をいただいたのは今年の初めのことだったが、具体的に話が進み出した途端のコロナ。紆余曲折あってようやく納品の日を迎えられたことに、わたしとしてはそれなりの感慨があったのだが、その作業は呆気なくサッパリと終わり、なんとなく寂しい気持ちが残った。せめて納品したあの本たちが、なるべく多くの人の目に触れ、手に取られんことを願う。

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それなりの達成感はあったものの、もやもやとした物悲しい気持ちを抱えたまま、「納品後にまだ日が高かったら」と思っていた伊吹山ドライブウェイへ真っ直ぐ向かう。時間はたっぷりある。

約3,000円の通行料は高いか妥当か、Googleマップのクチコミは割れていたが、車一台あたり3,000円で、この別世界を味わうことができるのなら安いものだと思う。岐阜に住んで20年、横を通り過ぎることはあっても目的地になることはなかった伊吹山ドライブウェイは、特に今日のわたしにとって、行くべき場所だった。

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約17キロの道のりは、短そうに思っていたが、見下ろす風景が東(岐阜の町並み)へ西(琵琶湖)へと変わっていくので飽きることがない。そして車高の高いキャラバンで進むと、視界を遮る草木もないので、とにかく高くて怖い。怖がりすぎて疲れた頃に頂上の駐車場に着く。駐車場入口にはカメラ愛好家グループの数十台の車、そしてガードレールの向こうにはすごい望遠レンズのカメラのついた三脚と迷彩風の人々がずらりと陣取っていて、少し気味が悪い。

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せっかくまだ日も高いし、山頂まで登ってみようか、などと気楽に獣害除けのドアを開けてしまったことはすぐに後悔した。治りきらない腰痛も気になったが、それよりも日頃の運動不足で鈍った脚が、驚くほどいうことを聞かない。さすがに大量の出張買取をこなしている太閤堂はすいすいと階段を上っていくが、気持ちとは裏腹に膝が上がらなくなってくる。ちょっと歩いては座り、ちょっと歩いてはお茶を飲み。年配のご夫婦や、お子さんを抱えたファミリーが下りてくるのとすれ違いながら、どんどん情けなくなる。登ったら下らなきゃいけないんだよな…その体力も残しておかなきゃなんだよな…。ついそんなことを考えている自分が馬鹿馬鹿しくなり、遊歩道なんだからもっと無邪気に登れよ!と呆れる。

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途中で待っていてくれた太閤堂に励まされつつ、なんとか山頂に到着。「伊吹山」という木札を見つけ、ああ、これがよく山頂にあるやつか!本物だ!と思わず抱きつく。ほんの500mの登山だったわけだが、アウトドアとは全く無縁で生きていた自分にとっては、実はものすごい達成感なのだった。

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山頂のあちこちへ行き写真を撮る太閤堂を尻目に、帰り道のことで頭がいっぱいの自分。さすがに山頂は風が強く、登りにかいた汗が一気に冷え、パーカーのフードをかぶって紐を絞っても、ぐんぐん体温が奪われていくのがわかった。「ノリで富士山に登って遭難する若者」のニュースが頭をよぎり、一刻も早く下り始めなければ、と思った。

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傾きはじめた陽が照らす琵琶湖の美しさを一瞬、目に焼き付け、先に行ってるね、と太閤堂に声をかけて、一歩一歩、来た道を引き返し始める。「登りより下りが危険、って、よく聞くもんな」とにかくいちいち豆知識が頭をよぎる。面倒な自分。山頂の苔でちょっと滑った足首が少し気になりつつも、休まず駐車場に戻ることができて安堵する。

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日没の時間が近づき、目の高さより低いところにある雲がオレンジ色に光りはじめる。発情期をむかえたシカたちの声はさらに大きく、頻繁に、響き渡る。マジックアワー目当ての車が続々と到着し、西の琵琶湖側、展望台側へ集まってゆく。わ、見たい!と、慌てて走っていこうとするも、一仕事終えて一息ついていた脚はあまり言うことを聞かず、なんとかぎりぎり湖に沈む直前の太陽を数枚、写真におさめた。

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暗くなってからの帰路。確かに夜景は美しい。着陸間近の飛行機が、市街地の上空を旋回している、あのときに見えるような光の粒が眼下に広がる。ガードレールの向こうにキラリと光るものがあって、驚いて車を止めたら、こちらを見ているシカだった。そんな楽しみは嬉しいが、もちろん街灯はなくガードレールとナビの表示を頼りに山道を下りていくのは、行きとはまた違う怖さがあって、道の蛇行にあわせて身体を揺られることしかできない乗員としては、登山の疲れもあいまって、下りきったときにはかなりグロッキーな状態となってしまっていたのだった。

 

ぐにゃぐにゃな身体をさらに揺らされながら、日帰り温泉・湯華の郷に到着。そこに行くことを決めた自分を呪うような再度の山道攻撃だったが、濃尾平野を見下ろす露天風呂は確かに気持ちよくて、ぬるぬるの湯に浸かって夜風にあたると、頭の揺れもおさまっていった。29.7度の冷源泉という不思議なぬるま湯に浸かっていると、いろいろな澱が、とろとろと身体から抜けていくように思えた。ずっと動かない飛行機だなと思っていたら、最接近している火星だった。